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市川南小学校の歴史を物語るもの

市川南小学校から、なんと写真のような昔の校旗が出てきました。

傷んだところが見られますが、本校の歴史に関わる貴重なものです。

旗の中央に「豊和」の文字、そして、端には「大同小学校」という字が金文字で刺繍されています。

これを見つけた時、ある疑問が生まれました。

それは、大同小学校の校旗ならば、普通、中央は「大同」となるのではなのだろうか、ということです。

なぜ中央の文字が「豊和」なのでしょうか。

学校に「豊和」が使われたのは、明治25年に黒沢尋常小学校が「豊和尋常小学校」となってからです。そして明治43年「豊和尋常高等小学校」となり、昭和16年に「豊和国民学校」と改称されるまで続きます。

それが翌年の昭和17年には、合併で村名が変わることによって「大同小学校」と改称されました。それ以来、市川南小学校に校名が変わる昭和44年まで大同小学校は続きます。

大同小学校になったとき、長い「豊和」の歴史を引き継ぐ思いも込めて刺繍されたのでしょうか。

一方で、昭和35年に、校歌とともに校旗樹立という記録もあります。その時のものなのでしょうか。

いずれにしても、本校の長い歴史の中で、子どもたちを見守ってきたものに違いありません。

どなたか、この校旗の経緯をご存じの方は、お知らせいただきたいと思います。

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