コンテンツにスキップするには Enter キーを押してください

大同地区の歴史を調べました

市川南小学校の学区である大同地区の歴史は古く、地区の一部である黒沢は、大木大和守の領土であったそうです。後土御門天皇の時代に、大和守の子どもが今の大木に住み、ここに一部落をつくったのが始まりだといわれ、その後、居場所を黒沢に移したそうです。

後に、武田氏が関所を設けて、甲斐二十四関の一つとして知られました。徳川時代には、甲斐の三河岸の一つとして発展しました。

明治の当初は、黒沢、下大鳥居、八之尻、羽鹿島の四カ村でしたが、明治八年一月に、黒沢下大鳥居が合併して、豊和村となりました。その後、八之尻、羽鹿島、豊和の三カ村で組合を設け、五十年余り過ぎたのちの昭和十七年七月一日に、大同村になったそうです。

その後、時の流れとともに移り変わり、今の大同地区になったということです。

〔参考文献:山梨県町村合併誌〕

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です