コンテンツにスキップするには Enter キーを押してください

すずかけ(鈴懸)の木~地域とともに~〔市川南小学校の歴史〕

市川南小学校の学校だよりの名前は「すずかけ」です。校章もすずかけの葉がモチーフにされています。さらには、本校の文集の名前も「すずかけ」なのです。

この学校のシンボルは「すずかけの木」なのだと理解し、それはなぜなのだろうと素朴な疑問を持ちました。

一方で、市川南小学校には今、いったい何本のすずかけの木があるのだろうかと思い、校地内にある木を数えてみました。すみずみまで歩いて探しましたが、たった3本しかありません。これはどういうことでしょうか。

校外に目を向けても、本校で読み聞かせをしてくださる読書ボランティアの会の名前は「すずかけおはなしの会」、また、大同児童クラブのある場所は、「すずかけの里」と呼ばれています。

この地域は、なぜこんなに「すずかけ」という言葉が使われているのでしょう。

以前にも紹介しましたが、市川南小学校は、現在の南興セラミックさんのところにありました。近くには富士川やその支流である新川が流れており、たびたび洪水に見舞われたそうです。そんなこともあり、自衛隊の力を借りて山を切り開いて平たんにし、今の場所に新校舎が完成したそうです。以前の校舎の南側には、すずかけの木が数十本植えられていたという記録が残っていました。

これを見て、市川南小学校は、すずかけの木とともに長い歴史を歩んできたことを理解しました。そして、その過程で、地域のみなさんは市川南小学校にあったすずかけの木をこの地域のシンボルとして慕ってくださっているのかなとも想像しました。

今までも、そしてこれからも、「すずかけの木」は市川南小学校はもちろん、地域の象徴であり続けることは間違いないでしょう。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です